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「ママ」という言葉に耳をふさぎたくなった日々(不妊)

娘は3歳3か月。
子どもを産んでからはや三年!!
びっくりするようなスピードで月日は流れ
私のお肌もびっくりするようなスピードで
衰えていっています。笑

・・・と、今ではこんな風に
笑いながら言えますが
4~5年前は「お母さん」「ママ」「子ども」
という言葉に耳をふさぎたくなった時期がありました。

今の時代、珍しくありませんが
私が結婚したのは30歳過ぎ。
子どもが欲しいと思った時には
30も半ばに差し掛かっていました。
いわゆる「高齢出産」の年齢です。

子どもを授かるために様々な検査を受け、
時には薬も飲み、毎週のように産婦人科へ通ったあの頃。

いわゆる「妊活」を必死にやっていました。
目標を定めると、それに向かって自分を追い込みながら
突き進む性格が災いしたのでしょうね。

「【妊活】自体がストレス。」

産婦人科でお腹の大きい方を見るとうらやましい。

外出先で、子どものはしゃぐ声に耳をふさぎたくなる。

テレビコマーシャルで
「子どもがいて当たり前」の設定に腹が立つ。

・・・もう、自分が本当に子どもを望んでいるのかすら
見えなくなっていました。
そんな中、やっと妊娠。
ところが、心拍を確認し、母子手帳をもらいに行こうと思っていた矢先、
異変を感じて受診すると、すでに心拍は止まっていました。

それどころか、「胞状奇胎の疑い」
と、これまでの人生で聞いたこともない
病気の疑いを告げられ・・・
調べれば「ガンに移行することがある」の文字。

手術を2回。経過観察におおよそ半年。
その間、「疑い」は晴れず、
今後子どもを授かれるのかどうかも
医師は明言してくれず。
私も怖くて聞けませんでした。
しかも担当医師が途中で代わるという事態も降りかかり、
八方ふさがりだったのです。

半年が過ぎ、経過観察もこれが最後、という診察で、
思い切って医師に
「私は『胞状奇胎』だったのでしょうか?」
と尋ねると、
医師はこれまでのカルテを全て見た後、
「・・・・・・違う!」
とはっきり言いました。
そして、
「次は、妊娠してここに来るのを待ってますから。」
と。

憑き物が落ちたように、身も心も軽くなったのを覚えています。

そしてその数か月後、
再び妊娠することができました。

真っ暗闇の中を進むことも戻ることもできないような日々を経て
子どもを授かった経験は、
私にとって必要だったのだと今は思います。

あの経験によって、さまざまな立場の人の気持ちを
考えることの大切さを学びました。

今目の前にあるこの命は
当たり前ではないこと。

笑顔で話している目の前の友人は
本当は真っ暗闇の中を一人で歩いているのかもしれないこと。
そんなことを今でもよく考えます。
あまり神秘的なことは信じない私なのですが、
一度目に来た命と、今目の前にいる娘は
きっと同じだ、ということだけはなぜか確信しているんですよ。不思議ですね。

イラっとしたり怒鳴ってしまったり
毎日本当に大変だけれど、
私に多くのことを教えてくれたあの経験があるから
きっとこれからも頑張れます。
そして、娘にも、
さまざまな人の立場や気持ちを考えることの大切さを
教えていきたいと思っています。

不妊治療をされている『セラビ治療院』のページは→ こちら

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ABOUT US
RIKA
中学校国語科の教諭を13年勤めた後、結婚を機に退職。
2015年に出産してからは、昔からやっていた「ものづくり」の道へ。
2017年には、長年縫製の仕事をしてきた母と2人で「Couture HIDA(クチュール飛騨)」を立ち上げました。
ベビーサイズからお兄さんお姉さんサイズまで
「ちょっとおしゃれな日常着」「親子コーデできるとっておき服」「特別な日のキッズフォーマル」
を主に製作しています。